嗚呼 防衛大学校
富士山登頂!
こんにちは。
自衛隊副社長の斉藤です。
先日、登頂に失敗した富士山に、リベンジを果たしてきました!

上田と富士山頂にて。
天候にも恵まれ、今年3度目顔の皮脱皮しました。
激レア - カッター(短艇)というスポーツ
こんにちは。自衛隊副社長の齊藤です。今日は、10年ほど前に青春の全てをかけた「カッター」というスポーツをご紹介します。
もともとは、海軍の艦船に搭載されている救助用のボートで、定員は50名近く?だったか・・・。
船が沈没する際に乗組員が乗り込んで避難することを前提としています。
日本海軍では、この「カッター」(短艇)を「シーマンシップ(船乗りの気概)」を培うための訓練として、
古くから短艇競技が行われていました。
防衛大学校では、2学年に進級してすぐに、全ての学生がこのカッターを漕いで競争する競技大会が存在します。
私は、短艇委員会(カッターを漕ぐ部活)に所属して、全日本大会優勝を目指して日々練習に励んでおりました。
全日本大会を目前としたある日の練習風景です・・・・
結果として、私たち45期は全日本大会に優勝し、見事2連覇を達成したのでした。
田母神論文
こんにちは。
自衛隊副社長の斉藤です。
先日、前 航空幕僚長 田母神空将による論文が大きな話題となりました。
こういった出来事は、マスコミに徹底的に批判され、与党は任命責任を問われ、
本人は更迭され、と当然予想される結末となりました。
が、
どうしても理解できなかったのが、なぜ航空自衛官の最高位でもある、
「航空幕僚長」まで上り詰めた人間が、結果の分かりきったことをするのか??
何のために???
ということでした。
この理由については、色々と推測され勝手な話をされますが、結局は本人のみ知っているのかなぁと思います。
せっかくなので、論文を全て読み、概要をまとめたものをお伝えします。
歴史的な背景1つ1つを勉強したわけではないので、論文で述べられていることの真偽はわかりませんが、要は・・・・
結論:大東亜戦争において、日本は侵略国家ではなく、日本の歴史を大切にして行こう
理由:
① 日中戦争、太平洋戦争はコミンテルンの陰謀により、不可避であった
② 日本の植民地政策は適切であった
③ アジア諸国では、大東亜戦争が肯定的に評価されている
理由についてそれぞれまとめてみると、
①コミンテルンの陰謀
コミンテルンは、毛沢東に中国を支配させることを目的とした組織で、
・張作霖爆殺事件
・盧溝橋事件
・太平洋戦争(最後通牒ハル・ノートを作成した人間がコミンテルンのスパイだった)
全て、コミンテルンの陰謀によるものであった
②適切な植民地政策
・朝鮮、満州ともに、日本の介入により大きく発展し、人口も数倍に膨れ上がった
・現地に帝国大学を作り、現地人の教育に力を入れた
・中国人、朝鮮人にも陸軍士官学校への入学を認めた(歴史上他国では類を見ない)
第2次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた
③アジア諸国の評価
タイ・ビルマ・シンガポール・マレーシア・インド・インドネシアなどでは、大東亜戦争における日本の評価が高い。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接
見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多い
といった内容でした。
1つ1つの内容が歴史的に正しいかどうかは、数多くの文献を紐解く必要があります。
教科書で述べられている内容、政府の見解も1つの意見ですが、
すべてが正しいかどうかはわかりません。
私たちは、もっと自分達の歴史について勉強し、その本質を知る必要があると思います。
今回、田母神さんがこういった論文を、航空幕僚長という立場で世に投げかけた理由は、わかりませんが、日本の歴史について考え直す良い機会になったという点で大きな意義があったのではないでしょうか。
再会 - 幹部候補生学校の同期
こんばんは。
自衛隊上がりの副社長齊藤です。
今日は、海上自衛隊幹部候補生学校の同期である、
大谷一尉(写真中心)と高篠一尉(写真左)との3人でお寿司を食べに行きました。
大谷一尉とは実に8年ぶりの再会となりますが、
しばらく見ない間に、思慮深くすっかり立派な海上自衛官になっていました。
彼は「経理補給」という任務につき、
日々海上自衛隊のバックアップに奔走しております。
高篠一尉とは防衛大学校からの同期で、私が退職した後も頻繁にお会いしていますが、
女性ながら海上自衛官として、立派に任務をこなしております。
同じ釜の飯を食った仲間たちと会うことで、多くの刺激を得られますし、
今自分に与えられた役割、というものに一生懸命取り組んでいこうという心意気を与えられます。
これからも、彼らの(海上自衛隊幹部たちの)発展を願ってやみません。
短艇委員会
防衛大学校時代一番印象的だったのは、
なんといっても、カッター(救命艇)の全国大会で2連覇したことです。
高校時代、自宅から片道2時間半かけて通っていたため、運動部に入ることができず、
囲碁部に入部しました。
高校時代に毎年催されたマラソン大会には、原因不明の病(一般には仮病と言われているようです)のため一度も参加できず、
体育の成績もぱっとしないひょろっひょろの男でしたが、なんとか防衛大に入ることができました。
防衛大では、全ての学生が運動部に入って心身の鍛錬に努めることが義務付けられていたので、
最初は、いかに楽な校友会活動(クラブ活動)を探すかということに腐心しました。
そんな私が、防衛大で最も練習の厳しい校友会の1つとされる短艇委員会(カッター部)に入ることを決めたのは、
入校当初、私の隣の部屋(全寮制)で生活していたWさんの上腕部の太さでした。
「かっこいい・・・。」
「その見事な上腕二頭筋と三頭筋を手に入れたい。」
そう思い、高校時代に囲碁部すらまともに続けられなかった若者は短艇委員会に入ることになりました。
この短艇委員会では、「全日本大会で優勝すること」を唯一無二の目標と掲げ、
日々練習に励みました。
確かに、その練習の厳しさは半端ではなく、明日の朝目が覚めなければいいのに・・・と思いながら床についたことを思い出します。
その反面、肉体もめきめきと成長し、
入校当初50kgほどだった体重も、3年のときには70kgまで鍛え上げることができ、
憧れの上腕二頭筋や三頭筋も手に入れることができました。
厳しい毎日をこらえ、また、最強のクルー(乗組員)にも恵まれ、
3年の5月、4年の5月の2大会連続で優勝することができました。
一緒に戦ったクルーたちは一生の仲間です。
まだ自衛隊に残るもの、退職して一般企業で働いているもの様々ですが、
これからもこの仲間たちと成長していきたいと思っています。
自衛隊の雇用事情
こんにちは。自衛隊あがりの副社長斉藤です。
近頃大気の状態が不安定な日が続き、雷が多いですね。
さて、さきほど、ヤフーで「自衛隊 制服」と検索したら、面白いリスティング広告が表示されました。
(なぜ検索したか・・・それは想像にお任せします)
何だと思いますか?
それは・・・
自衛隊で働く人を募集しています
自衛官の「素顔」のインタビュー公開中!自衛官の仕事が見えてくる。
www.mod.go.jp
昔から自衛官の募集には多くの自衛官が汗水流して頑張っていらっしゃいます。
私たちも高校のときは、「是非、防衛大学校」を受験しましょう!
という「地方連絡官」なる方がいらっしゃって、あの手この手で勧誘を受けたものです。
ご飯をご馳走になったりもしますね。
さすが時代ですね。
政府もリスティング広告で求人する時代!!
私も防衛大学校出身の一人として、
自衛隊の素晴らしさを伝えていきたいなぁと感じました。
海上自衛隊の制服
おはようございます。
朝4時おきの自衛隊副社長齊藤です。

↑ は、防衛大学校卒業後、海上自衛隊幹部候補生学校に入校した際の写真です。
今日は、意外と知られていない海上自衛隊の制服・階級について、お話したいと思います。
まず、陸海空自衛隊のそれぞれの制服は・・・

あきらかに、どこかのモデルが着ている写真ですが、
左から、「陸上」「海上」「航空」の順です。
また、全自衛隊階級の構造は同じで、上から順に
将(海上幕僚長)
将
将補
一佐
二佐
三佐
一尉
二尉
三尉
准尉
曹長
一曹
二曹
三曹
士長
一士
二士
三士
となっています。
一般に「幹部」昔は「士官」と呼ばれていましたが、これに該当するのは、三尉以上になります。
防衛大学校卒業のタイミングでは、「幹部候補生」として「曹長」に任命され、幹部候補生学校に入校することになります。その後、幹部候補生学校卒業後、晴れて三尉に任命され、幹部になります。
さて、一番上の写真の制服の袖の部分、

を見ていただくと、金の線が入っています。
実はこれが階級章で、上の写真の場合は、「曹長」です。
面白いことに、世界の海軍は共通してこの階級章を採用しています。
さらに、大昔から変っていません。
海は万国共通、みたいなものがあるのでしょう。

参考までに、1945年撮影の米海軍元帥(将)ウィリアムリーヒさん。
この金の線ですが、すんごく太い線、太い線、細い線の3種類の組み合わせで階級を表します。
上から順に、
将(海上幕僚長) すんごい太いの1本と太いの3本
将 すんごい太いの1本と太いの2本
将補 すんごい太いの1本と太いの1本
一佐 太いの4本
二佐 太いの3本
三佐 太いの2本と細いの1本
一尉 太いの2本
二尉 太いの1本と細いの1本
三尉 太いの1本
すみません、以下は割愛させていただきます。
というように、けっこう分かりやすいんですね。
アメリカの映画とかでよく出てくるので、ちょっと見てみてください。
ほとんどが、将の制服を着ていると思います。
それでは、朝から張り切りすぎてしまいましたが、一日頑張っていきましょ。
イージス艦「あたご」の衝突事故
こんにちは。自衛隊あがりの副社長、齊藤です。
2月19日 午前4時7分
海上自衛隊のイージス艦「あたご」と、漁船「清徳丸」が衝突しました。

広くメディアに取り上げられ、話題となっていますが、
今回のケースに限らず、
あまり語られない護衛艦の事情と、航海上のルールについてお話したいと思います。
(自衛官がメディアに出てきて弁明する機会はありませんし・・・)
車の運転ルールは、「道路交通法」という法律に規定されていますが、
艦船の場合は、どうでしょうか。
もちろん、法律で定められたルールがあります。
「海上衝突予防法」や「海上交通安全法」です。
護衛艦の艦橋(指令所)にいる幹部たちは、皆この法律を勉強して日々艦艇の航行に携わっています。
航海にあたっては、適切な人員が艦橋(指令所)で見張りをし、
レーダーに頼らず目視をすることが義務付けられています。
よく、外国のタンカーが座礁したり、漁船とぶつかったりするのは、
完全にオートパイロット「自動航行システム」に頼り、目視での見張りを怠っている場合がほとんどです。
また、道路交通法を無視して乱暴な運転をする人がいるように、
海上でも、こういったルールを完全に無視する船舶が非常に多いのも事実です。
そういう意味では、護衛艦は24時間5~10人程度の乗組員が
艦橋で徹底した見張りを行っていますし、一部の例外を除けば確実にルールを守っているはずです。
例えば、こんなルールがあります。
緊急の衝突回避行動は、両者「右側に舵を取る」というものです。
排水量が多ければ多いほど(護衛艦は、2,000~7,000tくらい、米空母は10万tあったりします)ブレーキが効かなくなります。とまろうと思ってから何マイルも進んでしまうほどです。
このような場合は、お互いにぶつからないように舵を取る必要がありますが、
もしどちらかがこのルールを知らなかったらどうでしょう。ぶつかりますね。
完璧にルールを守っても、人間ですからミスはなくならないものですが、
大学でともに学んだ同期も、いよいよ護衛艦の中枢として勤務するようになってきています。
今回の事故に学び、今後も粛々と任務にあたっていただきたいものです。
外出点検-「ピカール不備!」
こんにちは。齊藤です。
今日は趣向を変えて、私の学んだ防衛大学校を紹介したいと思います。
まず、意外と知られていないのが、【全寮制】ということです。
18歳~22歳という最も遊びたい時期に、月曜日から金曜日まで毎日寮で寝泊りします。
土日になると、多くの学生が外出しますが、基本的に外泊は自由ではありません。
1年生は、外泊不可。
2年生は、年間11回。
3年生は、年間15回(もう少し多かったかもしれません)
4年生は、無限。
1年生は、ほぼ人権が無視され、4年生は「神」とあがめられるのは、この外泊可能日数からもあきらかです。
しかも、1年生は、外出することすらままなりません。4年生による「外出点検」が待っているからです。
土曜日の朝になると、寮全体に放送が入ります。「第4大隊、外出点検集合!」
外出という期待に胸をふくらませた学生が速やかに集合します。
1年生は、この外出点検で合格するために、何時間もかけて準備をします。
① 制服のアイロンかけ(「プレス」と呼ばれています)
② 帽章(制帽に金属の防衛大学校章がついていますが、それです)の磨き(「ピカール」と呼ばれています)
③ 靴磨き
④ 所持物品の準備(防大手帳、身分証明書、ハンカチ、ポケットテッシュ、衣服用のブラシ)
いよいよ、「気をつけ」をした私の前に「神」がそびえ立ちます。
私:「点検お願いします!!」
神:「聞こえねぇ」
私:「点検お願いします!!」
神:「聞こえねぇ」
こうして何度か愛情のこもったやり取りが続きます。
「神」は、私の制帽から制服のプレス、靴の磨き、所持物品の持ち方(片手でちょうどトランプのばば抜きをするように持ちます)まで舐めるように見た後、
神:「ピカール、及び、ズボンのプレス、及び、靴の磨き、及び、やる気、及び、目の輝き不備!」
私:「ピカール、及び、ズボンのプレス、及び、えっと~」
神に指摘された項目をオウムのようにすべて復唱しなければいけないのですが、
あまりのプレッシャーに、そんなこと忘れてしまいます。
神:「ピカール、及び、ズボンのプレス、及び、靴の磨き、及び、やる気、及び、目の輝き、及び復唱不備!」
私:「ピカール、及び、靴の磨き、やるき、えっと~」
3・4回は繰り返すこともあります。
不備のあった学生は、不備事項を改善したのち、次の外出点検に望みますが、1日の外出点検は4・5回ほど。
すべての外出点検に参加し、晴れて不備となった学生(1年生だけですが)は、その日は部屋で読書などをして過ごすことになります。
今思えば、それも良い思いでですが・・・。



